ホーム岩槻の情報

岩槻の情報

ナナイロぷらす-浦和美園・岩槻版|埼玉高速鉄道

ナナイロプラス 7つの駅でいろんな散策いつもの街で発見プラス気さくな出会いとワクワク探検 埼スタ線沿線7駅の新しいまちマップ「ナナイロぷらす」浦和美園版に岩槻情報もたくさん掲載されています。ナナイロぷらすでは他の駅のマップも掲載。気になる街をナナイロぷらすのまちマップを見ながら探索するのも楽しそうですね。#浦和美園 #東川口 #戸塚安行 #新井宿 #鳩ヶ谷 #南鳩ヶ谷 #川口元郷  We're!で紙のマップをたくさんお預かりしています。ご協力を頂けるお店様にはお問い合わせフォームや下にあるSNSのDMでご連絡を頂ければお届けに伺います。岩槻の観光案内所さんや市民会館いわつきさんなどにも置いてあります。またWe'reベースにもご自由にお取りくださいの空きがある時はケースに入れてお配りしています。 テレ玉「おとな散歩」 松井咲子さんが「ナナイロぷらす」片手にSR沿線をお散歩 インフォメーション

2023.8.19-岩槻まつり 前夜祭 トークイベント『やっばぁ!めっちゃアガる❤️』レポート

イベント情報 開催日 令和5年8月19日(土) 出演 直田姫奈(喜多川 海夢役) 石毛翔弥(五条 新菜役) スピラ・スピカ(アニメ主題歌『燦々デイズ』担当) 会場 岩槻文化公園(打上場所:岩槻文化公園内/岩槻区大字村国229) 〒339-0041埼玉県さいたま市岩槻区大字村国229 イベントレポート 2023年8月19日、翌日開催の岩槻まつりの前夜祭として、ここ岩槻が舞台となっているアニメ「その着せ替え人形(ビスクドール)は恋をする」とのコラボイベントが開催されました。会場は、同時にさいたま市花火大会の会場にもなっています。実に4年ぶりとなる有観客での開催ということで、会場全体が非常に盛り上がりを見せていました。 着せ恋とのコラボイベントでは、主人公喜多川海夢の声優を務める直田姫奈さん、五条新菜の声優を務める石毛翔弥さん、アニメ主題歌担当のスピラ・スピカの幹葉さんがゲストとして登場。大変豪華なイベントとなっていました。 イベントは幹葉さんのライブステージからスタート!!アニメOPの「燦々デイズ」を熱唱!!手拍子、ペンライトを振る人など、会場は大盛り上がり♪ ライブ後、直田さん、石毛さんが浴衣姿で登場しトークイベントがスタート。皆様岩槻に来るのは今日が初めてとのこと。花火大会の日に初めて岩槻に来ることが出来て皆様満足気な様子。そもそも花火大会に来るのも皆様学生以来ということで、久しぶりの花火大会に興奮しているご様子でした。 続いて、着せ恋に登場する岩槻の地をパネルで紹介。実際の写真に対して、かなり再現度の高いアニメ作画となっており、技術の高さが伺えます。特に「新菜」が「海夢」を改札で見送るシーンは、駅広告までほぼ忠実に再現されており、アニメ制作のために、制作チームさんはかなり研究されたのではと感じました。 続いて、更なるゲストが。五条新菜のモデルとされている、鈴木人形3代目鈴木慶章さんの登場です。鈴木さんは、着せ恋の影響で岩槻に訪れる人が増えていることを肌で感じているそう。着せ恋の中でも取り上げられている現代風ひな人形を持参されていました。鈴木さんも五条新菜同様、人形に笑いかけることもあるようで、人形への強い愛情が伝わりました。 さて、花火大会の開始時間も迫ってきました。ここで、再び幹葉さんによるライブ。ここでは、『君に伝えたいことがあるんだ』を歌唱。この曲はアニメ着せ恋の中で喜多川海夢と五条新菜が花火大会に行くシーンで挿入歌として使用されています。幹葉さん自身もアニメのオンエアまでこの曲が使われることをご存知なかったようで、アニメプロデューサーもサプライズとして使ったと話していらっしゃいました。オープニングとは打って変わって、しっとりした曲調のライブ。会場全体はこれから始まる花火への思いを馳せるように聞き入っていました。 素晴らしいライブのあと、サプライズがありました。なんと、五条新菜の声優を務める石毛翔弥さんは、翌日8月20日がお誕生日ということ。岩槻祭り実行委員会から花束と岩槻のケーキ屋さんのホールケーキのプレゼントがありました。石毛さんは今までの誕生日の中で1番嬉しいとおっしゃっており、大満足のご様子でした。サプライズが終わると、ちょうどさいたま市長清水勇人様の花火大会のカウントダウンが始まりました。ゲストの皆様、会場全体で花火大会のカウントダウンをすると、夜空いっぱいに花火が打ち上がりました。これにて、イベントは終了。 実に4年ぶりとなる花火大会の開催とともに、アニメ着せ恋とのコラボイベントの開催。人形という古き良き伝統を継承しながら、新しい風の吹いているここ岩槻。これからも岩槻というまちの動向から目が離せません。

日光御成道がつなぐ鳩ヶ谷×岩槻のご縁再び

岩槻時の鐘を作ったお殿様、始まりは鳩ヶ谷藩 岩槻 時の鐘のお殿様は、阿部家。江戸初期に鳩ヶ谷に領地を得て一万石超え大名に。鳩ヶ谷藩を立藩。その後大多喜、小田原、岩槻、宮津、宇都宮、福山と転封して明治維新。幕末動乱時に老中筆頭を阿部正弘が勤めました。安政の改革を断行。大河ドラマに必ず登場します。 阿部正勝は幼児から徳川家康に仕え忠勤に励み戦功を顕わし鳩ヶ谷の地、5000石を宛がわれその後一万石超え大名に。鳩ヶ谷藩を立藩。のちに正勝の子、阿部正次が「岩槻城主」に封ぜられた。(封ぜられる・・・出世・高位につく)岩槻藩第2代藩主阿部重次の次男として生まれた「阿部正春」が岩槻の時の鐘を鋳造させたと記述がある。 岩槻 時の鐘 市指定文化財「時の鐘」は、江戸時代中期の享保5年(1720)に鋳造された銅鐘です。もとは、その49年前の寛文11年(1671)に当時の岩槻城主阿部正春が鋳造させたものでしたが、ひびにより鐘の音に不具合が生じたため、改鋳されました。それが、現在の鐘です。そしてこの鐘は、江戸時代以来の場所で、江戸時代に建てられた鐘楼にかけられ、今なお一日に3回、鐘がつかれ、その音色が時を告げています。造られた経緯や経過が明らかな江戸時代中期の銅鐘の優れた作品としてはもちろんのこと、時の鐘にかかわるさまざまな要素が一体として保存されていることは、文化財としての価値を高めています。さらに、今でもその音色が時を告げていることは、とても意義あることです。https://www.city.saitama.jp/004/005/006/013/002/tokinokanetosonoshuuhen.html 資料

自然ドキュメンタリー映画『セーブ・ザ・リーフ』-Act Now- 行動するとき 特別上映会|2022.6.21(火)

セーブ・ザ・リーフ 特別上映会 何故サンゴがそんなに大事なの??⁡⁡サンゴが絶滅をしてしまうと、海の生態が変わり、人間にまで影響が出てくると言われています。⁡私達の知らないところで海を…サンゴを…守ろうとしてる人達が沢山いる。⁡⁡そんなサンゴに注目した映画。⁡⁡2020年東京ドキュメンタリー映画祭で50作品にノミネートされた、オーストリア・沖縄・中国を舞台とした作品。⁡⁡サンゴの大事さ知ってほしい。養殖サンゴの大変さ知ってほしい。ほんの少し…耳を傾けていただけたら幸いです。 インフォメーション 開催日 2022年6月21日(火) 夏至 場所 岩槻東口コミニティーセンター(WATHU) 5Fミニホール 時間 開場:13時30分/開演:14時/終了:16時30分 参加費 1,500円(久高島の海ぶどうをプレゼント) 定員 50名(必ず事前のお申込みが必要です) 申し込み Salon ソレイユ 電話:⁡048-793-0180 SNS:Instagram 司会・進行 鳥辺康則 株式会社 日向 代表取締役社長 備考 映画に出演している神の島と言われる久高島から福治友盛さんがゲストできます! ご注意 新型コロナウイルス感染予防のため、必ずマスク着用の上ご来場ください。 体調の優れない場合はご来場をお控えください。 主催 ビーワン埼玉/Salon ソレイユ 福島より未来への手紙 2022年6月21日(火)10時~新潟より@アンマーはるさんをお呼びしてサンゴを題材とした電子書籍💠福島より未来への手紙💠サンゴと環境問題の朗読劇を開催します。⁡⁡午後からの映画に出てくる人に直接インタビューをしたお話が組み込まれているので朗読劇を見てから映画を見るとよりココロに響くと思います。LOVE &PEACE🌈未来の子供達へ🌈 インフォメーション 開催日 2022年6月21日(火) 夏至 場所 岩槻東口コミニティーセンター(WATHU) 5Fミニホール 時間 10:00~12:00 参加費 800円 ・中学生/高校生 500円 ・乳児~小学生は無料です。 申し込み Salon ソレイユ 電話:⁡048-793-0180 SNS:Instagram ご注意 新型コロナウイルス感染予防のため、必ずマスク着用の上ご来場ください。 体調の優れない場合はご来場をお控えください。

城下町岩槻 – 『関東幕注文 Ver. 御城印・上杉謙信公/武将印・太田資正公』の合体印登場

城下町岩槻 – 『埼玉初!限定武将印』が完成!令和3年2月中旬より販売開始!こだわりのテーラー紙での特別仕様限定版。2枚を合わせると背景の岩付城の古城図が浮かび上がります。

お城EXPO 2021 出店記念 岩付城仕様オリジナル御城印帳

お城EXPO 2021 出店記念として制作された御城印帳 ■デザイン:キラリいわつき 美しい月夜に靄の中から岩付城の黒門や岩付太田氏の家紋 鏑矢左前が現在に蘇った様子を表現してみました。長永氏よりお声掛け頂きオリジナル御城印帳のデザインをさせて頂きました。 ■企画・発案:長永氏(いわつき武者の倉 代表) 岩付城主 太田資正公生誕500年祭実行委員メンバー。岩槻を盛り上げる為に御城印企画からスタート。お城EXPO2021出店に関してもリーダーの役割をこなし、お城EXPO2021に向けアイテム制作やブース設置などに奔走。 ■製品仕様 本体寸法:幅124×高さ183×厚さ18㎜ 収納可能御城印サイズ:15㎝×10.5㎝以内 表紙材質:インクジェット和紙くるみ表紙 台紙材質:奉書紙(和紙) 中はジャバラ式。表はポケット仕様。裏はスタンプを押したりシールを貼ったりできます。 ページ数:40ページ(片面PPポケット付き) 保護カバー付き(材質:塩化ビニール) 販売価格:2,800円(税込) このページの商品に関するお問い合わせ 販売元いわつき武者の倉電話090-1791-1802メールf14fov@gmail.com お城EXPO 2021 城下町物販ブースに出店しました 岩槻城盛り上げ隊としてお城EXPO 2021 城下町物販ブースに出店。写真は変身前の長永さん。盛り上げ隊メンバーの他、太田資正公生誕500年祭の実行委員メンバーもサポートして頂きました。物販ブースは大盛況!地元岩槻のみなさまも駆けつけてくれました!

岩槻に新たな御城印が登場!御城印『原氏館』~在りし日の姿を伝える角田商店様が移設保存された御門~

御城印発行の経緯 こちらの御城印の『原氏館』ですがその在りし日の姿を伝える物は角田商店様が移設保存されました御門のみとなっております。 かつて平成半ばの世に在った跡ではなく『完全たる現役の』中世館は行政への調査・保存の直談判もむなしくロクに調査もされずに開発で破壊されてしまいました。しかし此の度、奇跡的な巡り合わせによりこの御門の在りし日の姿、館・御門の由緒などがごく限られた僅かな方からのお話により見えてくるようになりました。それらは歴史文献の様な体裁でなく各人々の話によってのものであり、まとまって初めてこうした形になるものでした。 上記の通りすでに館は破壊されて久しく、更には破壊された後にこの御門が大事な物である事を認識していたのは角田様と自分長永のみでした。今まとめねばこれは間もなく永久に失われるのは確実と思いここにまとめました。御城印を通して岩槻だけでなく全国の人々へこの情報が残ってくれる事を期待します。 御城印『原氏館』 ・家紋家紋は3つ押させていただいています。武田菱・・・甲斐武田二十四将の一人、言わずと知れた武田菱です。十曜・・・原氏の家紋になります。現在も墓所にはこの家紋が入れられています。三階菱・・・御門に入っている紋で、これは正確には家紋ではなく、近代の原氏の御事業での社紋になるそうです。 ・文面この館は『原美濃守虎胤公の子孫の方が代々住まわれていた』という事でこの記述となっています。 原美濃守虎胤公ゆかりについての説明 この館についての由緒については現地周辺もすでに新興住宅が多くなり聞き込みなどは困難ですが、それ以前でさえも『原さんの屋敷』という程度の情報しか出てきませんでした。しかし、地方史研究会の方からのお話と更には角田様が移築時に『その様な話を聞いた』と一致したことで初めて御由緒へのとっかかりが出来ました次第です。 「御城印発行の経緯」に書きました通りこれを裏付ける確固たる資料はありません。また、かつて当地にいらした原様方も近代にはこの館は別荘地としての扱いで岩槻には居られず、ここはもう随分前に手放されておりお話をお聞きするのも叶いません。 確実に言える事はかつてそう昔でない時にここに立派な『館が現役で存在していた』という事です。次いで確実なのが原虎胤公のかは分からずとも『原』の一族で代々特徴たる通字の『胤』の一字が受け継がれた方々がお住まいであった、という事です。(郷土資料の『岩槻大百科』のは行に人物記載あり。当人物をネットにて検索可能) ※ご注意※ 以降の内容は、ただのアマチュア史跡探索者が自分の出来る程度でまとめたものになります。現地探索や聞き込みと僅かな関係資料などによるもので、一級資料の原文からあたる様なレベルのものではありません。現時点や当時の時点で分かった事にも推測等がかなり含まれますので、これらはあくまでも踏み台程度にお考え願います。むしろ、確固たる正式調査をいただきたい(いただきたかった)次第です。 原氏館 さいたま市岩槻区釣上新田にあった中世館です。正確な系譜は不明ながら、甲斐武田二十四将の一人・原美濃守虎胤公の子孫の方が代々住まわれ、近代更に御事業で大成なされてからは、この館は別荘地となっていたそうです。現在の御門に使われている『三階菱紋』も、この時の社紋であるようです。 上記の通り、この館は近代まで別荘地として維持されていた為、跡地ではなく現役の館として2014年頃に開発で破壊されるまでは完全な姿で現存していました。 規模は大まかに100×100mの方形ですが、正方形ではなく若干ひし形の様になっていました。また後述の様に北東部のみ角を落として丸める処理がされていました。周囲は2~3m程の水堀と、同じく2~3mの土塁が完全に巡っておりましたが、北東部のみ方形の角を落として丸めてあり、その内側の土塁も、櫓台かの様に他より高くしてありました。その塁上には祠らしき物が見えました。それら一連の様子から、信州上田城で有名な、鬼門除けの『隅欠(すみおとし)』の様な作法ではないかと考えられました。 虎口は当時の様子からは、御門のあった南側の正門のみだった様です。 土塁上には前面に整った生垣や樹木が植えられており、館内の様子は全く見えませんでした。立派な蔵があったのだけ確認出来ました。また、特に史跡認定もされていなかった為、残念ながら館内の遺構の様子については一切情報がありません。 当地では『原さんの御屋敷(または館)』と呼ばれてはいましたが、先の通り近代は別荘地となっており、管理の方しか居られなかった様で、詳しい御由緒などを御存知の方はいませんでした。 なお、今となってはもはや不明ですが、館北西部の辺りの堀幅が妙に狭まっている印象で、当時この辺り竹も茂っていて定かでありませんでしたが、もっと過去には隣の敷地側に橋等の連絡があった可能性(複郭の館だった可能性)があります。古い航空写真などを参考にいただくと、上空から見ると屋敷森が一体化してしまっており、雰囲気は分かるかと思います。 原美濃守虎胤公と、岩槻の原氏について 原美濃守虎胤公は、あの山梨の有名な甲斐武田家に仕えた武将で、武田二十四将の一人として数えられる人物になります。非常に武勇に秀でた武将といわれており、『鬼美濃』とも呼ばれました。その虎胤公のご子孫が、どの様にして岩槻の地に落ち着かれたのか、その経緯の分かる定かな資料はございません。しかしその他の資料と合わせる事で、僅かながらに分かる事がありました。 まず、原美濃守虎胤公も名乗る『原氏』とは、千葉県の名の由来にもなった名族・千葉家の分家で、千葉家の重臣として繁栄していた一族です。千葉氏・原氏共に、代々『胤』の字を通字として使用し、妙見信仰を行っているのが特徴になります。虎胤公は戦によって千葉より山梨へ落ち延び、武田家に仕えて活躍します。 さて、同族の原主水胤信公は千葉家中随一の重臣原氏宗家の嫡流でした。後北条氏の傀儡政権の千葉家中にて勢いあった同氏でしたが、小田原征伐で後北条氏が敗れて共々没落の後は、徳川氏に仕えます。しかし、その後キリスト教禁止令の際に、キリシタンとなっていた胤信公は、棄教せず、『岩槻に住んでいた原一族を頼り』出奔します。 胤信公は岩槻に潜伏してキリスト教活動を行いますが、岩槻藩によりあえなく捕まります。この時に頼った一族とは、資料によっては別の原氏の粟飯原氏とも見えます。ただ、これだけの至近距離で原氏一族が集まって何も関係しないというのは不自然なので、何かしらあった可能性が考えられます。連座は免れたという事かと思いますので、関わりがあったとしても、もう無かった事になっているのか?とも思われます。 千葉氏および原氏の特徴で、妙見信仰を挙げました。この岩槻の地域は、現在に至るまであまり妙見信仰が盛んな様子はありませんでした。神社の分布でも東西を氷川信仰と香取信仰に挟まれ、真ん中岩槻上を久伊豆信仰が通る様な位置になっています。しかし、僅かにだけ妙見信仰が横根の北辰神社(かつては妙見社)、妙見河岸の名にもなっていた北辰神社(こちらもかつて妙見社)、南下新井に今は現存しない妙見社がそれぞれあった事が分かっています。何も無ければ発生しない信仰なので、関連する可能性があるとみています。 岩槻南部にて、近代においての当館の原氏と思われる方の活躍が見受けられます。近代は個人情報に近い為伏せますが、胤の字も継承されていました。 ・・・非常に不思議な事ですが。意外とこの原氏館の地の周囲には、実は甲斐武田家中に関係する氏族が居た事が分かっています。お隣の越谷市の照蓮院は、同じ武田二十四将が一人・秋山信友公の一族が、武田家の遺児を伴い落ち延びたのが始まりとされます。同じさいたま市内では、北区土呂町の土呂陣屋は、武田家臣の初鹿野信昌公が徳川氏に仕えてのものです。 そして岩槻内では南部の尾ヶ崎新田の新田開発を行った真々田氏は、岩槻の歴史を学ぶ会発行の『岩槻大百科』より、尾ヶ崎新田の部分を抜粋致しますと、『村の開発は、本村尾ヶ崎新田の真々田家分家の真々田家(屋号七棟)の初代真々田利左衛門が開発の人である(『真々田家過去帳』)。真々田家は、旧姓を〝真田〟と称し、大坂城落城後に尾ヶ崎村付近に土着し、姓を〝真々田〟に改めたと伝えられている』とあります。真田氏はやはり幸隆公,信綱公が二十四将に名を連ねています。 更に、これを書いている自分・長永の名は、当家中興の祖で武田軍の軍易者だった修験者長永の名を用いています。当家に伝わる口伝では、当地に落ち延びて武田家再興を待つとありました。当家の墓所も、原様の墓所も同じ集会所にあります。特別なお話は何も伝わっていませんが、もしかしたら、真田氏以外はそれぞれが同じ一行で落ち延びたのかもしれません。現状正解は無いですので、もしかしたら、いつか武田再興を待つ為に固まっていたのかもしれないなどと夢に思うのも良いかもしれませんね。 このページの商品に関するお問い合わせ ※現在は販売を終了しています。 販売元 いわつき武者の倉 電話 090-1791-1802 メール f14fov@gmail.com 企画製作 長永(本格格闘甲冑集団 -式- 正式メンバー) デザイン キラリいわつき

岩槻 鹿室コスモス畑

岩槻の鹿室地区のコスモス畑です。 コスモス畑のすぐ近くに駐車場もあるので車で行っても安心です。 駐車場からコスモス畑が少し見えているのでワクワクしてきます。 角を曲がると一面にコスモスが咲いていて圧巻です✨

岩槻の天気

Iwatsuki
overcast clouds
20.6 ° C
20.6 °
20.6 °
38 %
2kmh
100 %
20 °
26 °
29 °
24 °
23 °

フォローお願いします

最近の記事

人気の記事