武州鉄道 開業100周年イベント
岩槻には100年前に14年間走っていた「武州鉄道」がありました。
廃線となり、当時を語る人も他界され、人々の記憶にも薄れゆく鉄道。
岩槻観光委員会では、当時の鉄道敷設にかけた人々の情熱と希望や思いを今の人たちに語り継ぐべく、開業100年の2024年10月19日に顕彰するイベントを企画致しました。(岩槻観光委員会より引用)
そのイベントの中でスタンプラリーなどの企画を担当されたのが東日本車両工房株式会社の高橋 亘氏です。
高橋氏、もともとはバス会社に勤めて添乗員や旅行業務などをされていた経験があり、現在は本業のイラストレーターのお仕事で「鉄道」や「バス」のコンテンツ制作に活かされているようです。
武州鉄道スタンプラリー散策マップ

現在でもこのスタンプラリーは行われていて、台紙は岩槻駅にある観光案内所でもらう事ができます。
スタンプが押せる場所は以下の4か所。是非岩槻を散策しながらお立寄りください。

なぜ高橋氏が関わる事に?
「その着せ替え人形は恋をする」でも高橋氏は「ファンの方が集える場所を作りたい」と水野書店さんに協力をお願いし「聖地巡礼ノート」を置いたり着せ恋に登場した岩槻の町並みをしおりにして無料配布するなどのアイデアを形にし、今では水野書店さんがファンの方が集う場所となっています。
その頃に子供の頃から好きだったという「武州鉄道」のアクリルスタンドをサンプルを制作し、その後に水野書店さんで販売を開始。
その話を水野さんから聞いた岩槻観光まちづくり会から武州鉄道開業100周年企画への打診があり関わるようになったそうです。
武州鉄道の詳細データが無い事から、車両を作っていたメーカーの他車両の資料を調査しながら武州鉄道のイラストを補完しつつ制作されたと苦労されたお話しを伺う事ができました。
高橋氏はイラストレーターを本業とされておりますが茨城の大洗などではまちづくりの活動にも携わり、いろいろなアイデアを形にされてきた経緯があります。今回の武州鉄道の様々なコンテンツも高橋氏のこれまでの経験が形になったものです。
武州鉄道とは?
明治時代末期、蓮田から岩槻を通って、蕨・川口を結ぶ鉄道の計画がありました。
武州鉄道と名づけられたその鉄道は、その後建設が進み紆余曲折ありながらも、大正13年(1924)10月19日に蓮田岩槻間(6.4km)が開業しました。
その後、昭和3年(1928)12月に岩槻一大門間(7.8km)昭和11年(1936)には大門一神根間(2.7km)が延伸開業し、営業距離は16.9kmとなります。
列車の速度は時速20kmほどと、自転車で追いつく位のスピードだったそうです。
しかし、資金難や乗客数の伸び悩みで赤字経営が続き、昭和13年(1938)9月に営業廃止となってしまいました。武州鉄道は、岩槻付近の農作物や大門付近の苗木の輸送に必要な鉄道でしたが、わずか14年間という短い期間でを閉じた、幻の鉄道となってしまったのです。
東日本車両工房株式会社

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