8.9 C
Iwatsuki
2024年12月12日(木曜日)
ホーム岩槻の情報歴史情報日光御成道がつなぐ鳩ヶ谷×岩槻のご縁再び

日光御成道がつなぐ鳩ヶ谷×岩槻のご縁再び

岩槻時の鐘を作ったお殿様、始まりは鳩ヶ谷藩

岩槻 時の鐘のお殿様は、阿部家。
江戸初期に鳩ヶ谷に領地を得て一万石超え大名に。鳩ヶ谷藩を立藩。
その後大多喜、小田原、岩槻、宮津、宇都宮、福山と転封して明治維新。
幕末動乱時に老中筆頭を阿部正弘が勤めました。
安政の改革を断行。大河ドラマに必ず登場します。

阿部正勝は幼児から徳川家康に仕え忠勤に励み戦功を顕わし鳩ヶ谷の地、5000石を宛がわれその後一万石超え大名に。鳩ヶ谷藩を立藩。
のちに正勝の子、阿部正次が「岩槻城主」に封ぜられた。(封ぜられる・・・出世・高位につく)
岩槻藩第2代藩主阿部重次の次男として生まれた「阿部正春」が岩槻の時の鐘を鋳造させたと記述がある。

岩槻 時の鐘

市指定文化財「時の鐘」は、江戸時代中期の享保5年(1720)に鋳造された銅鐘です。もとは、その49年前の寛文11年(1671)に当時の岩槻城主阿部正春が鋳造させたものでしたが、ひびにより鐘の音に不具合が生じたため、改鋳されました。それが、現在の鐘です。そしてこの鐘は、江戸時代以来の場所で、江戸時代に建てられた鐘楼にかけられ、今なお一日に3回、鐘がつかれ、その音色が時を告げています。
造られた経緯や経過が明らかな江戸時代中期の銅鐘の優れた作品としてはもちろんのこと、時の鐘にかかわるさまざまな要素が一体として保存されていることは、文化財としての価値を高めています。さらに、今でもその音色が時を告げていることは、とても意義あることです。
[さいたま市ホームページより引用]

https://www.city.saitama.jp/004/005/006/013/002/tokinokanetosonoshuuhen.html

資料

阿部家の領地変遷
阿部家の領地変遷
キラリいわつき
キラリいわつきhttps://kirari-iwatsuki.com
キラリいわつきはただ岩槻の情報を集めて発信しているサイトではありません。 岩槻で輝いている「人」に注目しています。 キラリいわつきの仲間も岩槻での様々な活動に参加し、岩槻の「今」を体験しています。 「岩槻を想い、岩槻が好きで、岩槻を盛り上げたい」 そのような想いで輝いている人たちを紹介したい。岩槻で今、何が動いているのかを紹介したい。 同じ志を持った方々と岩槻での活動を楽しみたい。 前向きにキラキラと輝いている「人」や「人の集まり」をお届けします。 ご覧ください ⇒ https://kirari-iwatsuki.com/kirari-history/
RELATED ARTICLES

岩槻の天気

Iwatsuki
few clouds
8.9 ° C
10.5 °
8.8 °
34 %
3.6kmh
11 %
9 °
9 °
10 °
10 °
11 °

フォローお願いします

最近の記事

人気の記事